54時間の先に見えたもの ─Startup Weekend京都ZET2026の記録
金曜日の夜、まだ形になっていないアイデアを手に、互いの名前も知らない人たちが一つの空間に集まりました。54時間後の日曜日の夕方、それぞれのチームは、仮説を立て、壊し、組み立て直した事業案を、審査員と参加者の前でプレゼンテーションしました。 会場は、ディープテックによる社会課題解決を目指す共創拠点、ZET-BASE KYOTO。本記事では、ここで繰り広げられたStartup Weekend京都ZETの54時間を振り返ります。
Startup Weekendという54時間
Startup Weekendは、週末の54時間でアイデアを事業に変える、起業体験型のプログラムです。金曜夜のアイデアピッチから始まり、チーム結成、市場調査、仮説検証、ユーザーインタビュー、プロトタイプ制作を経て、日曜日の最終プレゼンテーションまでを一気に駆け抜けます。
金曜の夜、参加者はまだ誰もチームを持っていません。手元にあるのはアイデアの種と、それを語る1分間だけです。ピッチを終えると投票が行われ、共感した者同士が自然と集まり、その場でチームが組まれていきます。見ず知らずの人間同士が、わずか数十分の対話だけで一つのチームになっていく、この催しならではの光景です。

土曜日は、仮説と現実が何度もぶつかり合う一日になります。街に出て話を聞いた瞬間、思い描いていたアイデアがあっけなく崩れることも珍しくありません。コーチとして参加する現役の起業家や投資家、専門家たちの問いかけによって、チームは何度も立ち止まり、ときにはゼロからのピボットを迫られます。

そして日曜日、限られた時間の中でチームはプロトタイプを仕上げ、5分間のピッチに向けて言葉を練り上げていきます。夜遅くまでの作業と対話を重ねた末にたどり着く最終プレゼンテーションは、54時間かけて向き合ってきた問いへの、その時点での答えとなります。

「伝統×テクノロジー」というテーマから始まって
今回の開催にあたっては、京都という土地柄も踏まえ、「伝統×テクノロジー」というテーマを事前の告知やチラシで掲げていました。とはいえ、これは参加者に厳密に守ってもらうための縛りとしてではなく、あくまで場に集まる人たちの想像力を緩やかに刺激するための入り口として用意したものです。実際、当日のピッチやチーム活動でこのテーマに強くこだわるよう求められることはなく、参加者はそれぞれが向き合いたい課題に自由に取り組んでいきました。
そうして54時間の終わりに発表された事業を見渡してみると、面白いことに気づきます。「伝統」や「テクノロジー」という言葉を正面から掲げた提案はありませんでした。
けれど、生まれた事業を一つひとつ丁寧に読み解いていくと、示し合わせたわけでもないのに、複数のチームが同じ場所にたどり着いていることが見えてきます。
その場所とは、いったいどこだったのでしょうか。まずは、実際に生まれた三つの事業を紹介します。
生まれた事業たち
「アノアジ」──記憶をきっかけに人をつなぐ
チームが着目したのは、働く人の73.7%が職場で世代間ギャップを感じているというデータでした。世代や役職、部署を超えたコミュニケーション不足が、早期離職につながる一因になっているとチームは捉えました。
想定した顧客は、人間関係を理由にした早期離職に悩む中小企業の人事研修担当者です。
そこで提案したのが、味の記憶を語り合う社内研修「アノアジ」です。「学生の頃大好きだったあの味は何ですか」という問いかけから始まり、「アノアジカードゲーム」で互いの記憶を語り合い、その中から実現が難しい味を選び、チームで再現します。そのプロセスを通じて、自然なコミュニケーションが生まれる設計です。。
味の記憶という独自の切り口から 、個人の記憶から入ることで、世代を超えて目の前のその人が見えてくる。年齢や役職に関係なく、誰もが対等に語れる話題であることが、この提案の軸になっています。まずは地域の中小企業へ半日研修として導入し、将来的には味以外の共通言語のシリーズ化や、カードゲームの一般販売も視野に入れています。
質疑応答では、3日間のうちにチーム内で意見がぶつかり合い、ぎくしゃくした時期があったことが明かされました。それをつなぎとめたのは、ほかでもない「アノアジ」そのものについての対話だったといいます。あるメンバーは「味を共通言語にした途端に、実際に仲良くなれた」と振り返り、審査員からは「実践していただいて、一番説得力がある」という言葉が贈られました。

チーム「A」──就労機会が限定されがちな人の実力を生かす
チームが向き合ったのは、就労継続支援A型事業所(以下、A型事業所)で働く人たちの現状でした。チームメンバーの所属企業で行ったヒアリングでは、「頑張り方がわからない」「自分がいなくても仕事が回ってしまう」といった、認められたい思いと定型業務とのギャップに苦しむ声が上がったといいます。
発表では、簿記2級を持ち複数の会計ソフトを使いこなせるものの長時間の勤務が難しい人、危険物取扱の資格を持ち業務用アプリの開発もできるが細かい手作業を苦手とする人など、能力がありながら特性によって就労機会が限定されている人たちが、具体的な人物像として紹介されました。
チームが構想したのは、こうした人たちの実力を生かす新しいA型事業所です。ビジネスモデル自体は一般的なA型事業所と変わりませんが、採用前に3回の実習を重ね、得意分野と働き方をじっくり見極めてから採用する点が特徴です。
特性を生かすことでできる仕事の種類が変わることに着目し、発表者の所属企業における実例をもとにしたチームの試算では、一般的なA型事業所の14倍にあたる利益が見込めるとしています。
質疑応答では、障害者雇用を経済的な視点から扱った文献として、2008年刊行の書籍と2026年4月発表の関連論文が紹介されました。審査員からは、確認できた文献が限られていたことを踏まえ、研究の蓄積がまだ見えにくい領域ではないか、との指摘がありました。

ギルド ──看板ではなく、能力でつながる組織
チームが出発点にしたのは、二つの実例でした。育児に専念するためにアナウンサーを辞め、子どもの手が離れて社会復帰しようとしたところブランクを理由に評価してもらえなかった女性。そして、定年退職した途端、それまでの力やノウハウがあっても会社の看板が外れた瞬間に相手にされなくなる人。チームは、人手不足と言われながら労働人口が眠っている背景に、「看板ではなく能力で人がつながっていないこと」があると捉えました。
対象としたのは、ブランクの壁や定年による「60歳の壁」によって、社会との接点を失いかけている人たちです。
そうした人たちをもう一度社会に接続し直すために構想されたのが、一般社団法人としての新しい組織「GUILD」です。積み重ねてきた経験を言語化し、非言語スキルと言語スキルの両方に裏付けを与えることで、履歴書だけでは読み取れない能力を可視化します。
実務を担う人と、定年退職した管理職などのメンターがチームを編成して案件にあたる仕組みが特徴です。人材派遣やクラウドソーシングとは異なり、組織としての信頼と専門性を売りにするポジショニングを掲げています。
発表の最後、メンバーの一人はGUILDをこう言い表しました。「たくさんの、今までに培ったスキルや能力が、ここに集まってくる。人材の宝箱や」。個人の中に眠ったまま埋もれていた経験が、ひとつの場所に集まり、再び光を当てられる。そんな情景を、短い言葉が言い当てていました。

もう一つの主役、見学者たち
今回のStartup Weekendで印象的だったのは、参加者やコーチだけではありません。3日間を通して、会場には見学に訪れる人の姿が絶えませんでした。
彼らの多くは、輪の中心に加わるわけではなく、少し離れた場所からチームの議論にじっと耳を傾けていました。アイデアが行き詰まり、言葉が途切れる沈黙の時間も、逆に議論が熱を帯びて声が大きくなる瞬間も、その一部始終を見守るように過ごす人たちがいました。当事者として汗をかくのとはまた違う、静かな熱量がそこにはありました。

見学者同士の間でも、新たな出会いが生まれていました。同じチームの議論を並んで聞いていたことがきっかけで会話が始まり、そこから互いの活動や関心について話し込む場面もありました。
参加者が事業のアイデアを持ち寄る一方で、見学者同士にも新しい対話や関係が生まれていました。この場で生まれていたのは、事業案だけではなく、人と人との新たな接点でもあったのです。三つの事業が向き合っていた「肩書きや属性の奥にある、その人自身の価値をどう見つけ、どう社会に接続し直すか」という問いは、会場そのものにも重なって見えました。
三つの事業をつないでいた「人」という視点
三つの事業は、扱う対象も、狙う市場もまったく異なります。食の記憶を切り口にした社内研修、就労機会が限定されがちな人の実力を生かす事業所、看板ではなく能力で人と仕事をつなぐ組織。一見すると、ばらばらなテーマに見えます。
しかし、それぞれのチームが語った言葉をたどると、共通する視点が見えてきます。「アノアジ」チームが着目したのは、誰もが持つ味の記憶を「共通言語」にすること。チーム「A」が目指したのは、特性の奥にある「本当の実力」を見つけること。「ギルド」チームが構想したのは、看板ではなく「能力」によって、人と仕事をつなぎ直すことでした。
表現こそ異なりますが、三つのチームが向き合っていたのは、肩書きや属性だけでは捉えきれない、その人自身の価値をどう見つけ、社会との新たな接点をつくるかという問いでした。
今回の開催テーマは「伝統×テクノロジー」です。三つの提案は、いずれもこのテーマを直接扱ったものではありませんでした。ただ、伝統を、人が長い時間をかけて受け継いできた知恵や経験と捉えるなら、そこには三つの提案と重なる部分もあります。すでに人の中にある記憶や経験、能力にあらためて光を当て、次の価値へつなげていく。その姿勢は、過去から受け継いだものを現代に生かす、伝統のあり方にも通じます。
テーマを厳密になぞる事業案が生まれたわけではありません。それでも、それぞれのチームが自らの課題意識を掘り下げた先で、期せずして「人の中にある価値を見つけ直す」という共通の地点にたどり着いていたことに、今回の開催の面白さがあります。

ディープテックと人をつなぐ場として
技術の進化は、これまでにないスピードで進んでいます。AIが文章を書き、画像を生み出し、判断を支援する時代において、「技術に何ができるか」に関心が向きやすくなっています。
ZET-BASE KYOTOは、ディープテックによる社会課題解決を目指す共創拠点です。この場が大切にしているのは、技術を集めることにとどまらず、技術が誰のためにあるのか、社会にどのような価値を生み出すのか、人や地域とどうつながるのかまで考えることです。
今回生まれた三つの事業が、「伝統×テクノロジー」というテーマを直接扱わなかったにもかかわらず、結果として人に向き合う提案になっていたことは、ZET-BASE KYOTOが大切にしている視点と、どこか重なって見えます。技術の先にいる人をどう見つめるか。その問いは、ディープテックのように高度な技術に取り組むときほど、かえって重みを増していきます。
イベントとしては順位がつき、一つの区切りを迎えましたが、それぞれのアイデアが社会に実装されるかどうかは、これからにかかっています。73.7%というデータを引いてきたチームがあり、独自の試算をはじき出したチームがあり、実在する二つの事例から新しい組織の構想を立ち上げたチームがありました。いずれも、思いつきではなく、自分たちの実感や裏付けをもとに、54時間の先にそれぞれの可能性を見いだしていました。
Startup Weekend京都ZETが残したのは、事業のアイデアだけではありません。技術と人、そして人と人は、どうすればよりよくつながり直せるのか。その問いに向き合った54時間そのものが、次の一歩につながる糸口なのかもしれません。

開催概要
イベント名:Startup Weekend京都ZET 2026
テーマ:伝統×テクノロジー
開催日程:2026年7月17日(金)〜19日(日)
チーム数:3チーム
参加者数:15名
見学者数:延べ24名
優勝チーム:チーム「A」
会場:ZET-BASE KYOTO(京都府向日市寺戸町山縄手21番1 京都フィナンシャルグループ MUKOUビル 3階)
主 催:NPO法人 Startup Weekend
後 援:京都府、向日市、日本政策金融公庫、向日市商工会
協 賛:西日本旅客鉄道株式会社、株式会社ワコール
コーチ:
Sushi Suzuki (京都工芸繊維大学 准教授)
山上 博子 (株式会社100(ワンダブルオー)代表取締役、一般社団法人シニアライフパートナーズ理事、一般社団法人関西・健康経営推進協議会ディレクター、内資系製薬企業会社員、事業構想修士・WTC認定フェムケアプラスエキスパート)
藤本 聖 (日本政策金融公庫 国民生活事業本部 京都創業支援センター 上席所長代理)
後 利彦 (京都先端科学大学 研究連携センター部長/UntroD Capital Japan株式会社 リージョンマネージャー/INPIT知財総合支援窓口専門家/弁理士/公認内部監査人)
柏木 裕之 (lei consulting代表 国家資格キャリアコンサルタント)
ジャッジ:
在間 敬子 (京都産業大学 学長)
門間 洋介 (株式会社JR西日本イノベーションズ 代表取締役社長)
加藤 寛之 (株式会社ツクリエ CSO)